はじめまして

私はケンイチと言います。33歳でフリーランスになり、webクリエイターとして安定した収入を得ています。今では結婚してほどよい田舎でマイホームも購入しました。フリーランスは10年の実績がないとローンが組めないそうですが、業績が好調だったため無事にローンも組むことができました。普段は、基本的にテレワークでクライアントと仕事をしています。

そんな私も元々はビジネスにまったく興味のないただのフリーターでした。月給は良くて13万円くらいの実家暮らし。性格は内向的で人見知り、汚い社会が嫌いで生きる意味が分からない人間でした。

ここでは私がフリーターから今の仕事をするようになった経緯についてお話します。これは私の嘘偽りのない体験談なので、書籍などには載っていないリアルな内容になっています。ぜひお読みになってください。

友達ゼロの高校時代

私はもともと内向的で人見知りな性格です。それでも、小・中学校は同じ同級生だったので、友だちとはそれなりに楽しい学校生活を送ることができていました。

でも、高校に入りそれが一変します。まず、女子と会話ができなくなります。中学までは分け隔てなくみんな接していたはずなのに、高校に入ると突然、異性を意識しはじめたせいか、心の壁を感じるようになります。

やがて、周りの男子同級生との会話にも付いていけなくなります。付いていけないというか、話の内容がつまらなく感じるようになってしまい、一緒にいることが辛くなってしまったのです。そのため、高校時代はどこの部活にも所属せず、授業が終わるとすぐに帰宅する毎日でした。

無駄に他人と付き合うくらいなら1人でいた方がマシ。

無理に友だち作る必要ないし、ずっと1人でもいいや。そんなことを思うようになりました。

大学受験に失敗!浪人生活へ

私は高校から大学までエレベーター式の学校にいたので、わざわざ大学受験をしなくても大学に行くことはできました。でも、どうしても今の高校の同級生たちと同じ大学には行きたくないという気持ちが強く、一般受験を希望しました。そして、見事受験に失敗し浪人生活を送ることになったのです。

そして、生まれて初めて「社会の歯車」から外れるということを経験しました。学生時代は、夏休みや冬休みがあんなに楽しかったのに、浪人という毎日が休みの日々はただただ虚しいものでした。

誰にも何も求められず、気持ちを共有できる身近な友だちもいない。もしかしたら、来年も受験に失敗してしまうかもれないという恐怖。

「もしかして、このまま生きていても楽しいことなんてないんじゃないか?」そんなことが頭をよぎることもありました。

やっぱり人生には心の通じ合う仲間が必要!

浪人生活を通して私はそう思うようになりました。

大学受験に合格し大学デビューへ!

大学に合格したときは、本当にこう思いました。もう勉強なんかしない・笑。キャンパスライフを楽しみたい。今までみんなから遅れを取った分を取り返したい!友だちを作りたい!

その思いの通り、自分でも把握できないくらいのサークルに所属し、飲み会に参加し、まるで昔から自分は明るくて外交的な人間だったかのようなフリをして友だちをたくさん作りました。そんな自分になりたかったからです。

そして、一見充実した毎日を送れるようになった私でしたが、私の精神は知らない間に悲鳴をあげていました。昼間は明るく外交的なフリをしていたのですが、夕方近くなると、その反動がやってきます。誰とも顔を合わせたくない、誰とも話をしたくないという状態に陥ってしまうのです。

内向的な性格は一生治らない

明るくて外交的な人間になりたかった私でしたが、内向的な人間は一生そのまま。だからそれを無理に変えようとするのは無理、そう思うようになりました。

無理をしなくても心地よく付き合える人間関係を築けばいいじゃないか、そんなことを意識するようになってからは、本当に心の通じ合う少人数の友だちと深く付き合えるようになりました。

新卒で営業職を1ヶ月で挫折する

楽しいキャンパスライフもやがて終わりを迎えます。私も就職活動をしなくてはいけなくなりました。周りの学生が就活をしている中、卒業の間際まで何もしなかった私にサークルのある先輩が就職先を紹介してくました。

もともとそんなに仲が良いわけではない先輩からの紹介でしたが、やりたいことがあるわけでもない私は自分で就活をするのが面倒だったので紹介されるままにそこで働くことにしたのです。

その就職先というのが、インターネットの光回線の飛び込み営業の会社でした。

「営業」というものがどんなものかも知らない私は言われるがままに住所のリストを一件一件まわり、声をかけていきました。光回線に関する商品知識もないため、ただのど素人がピンポンを押しているようなものです。営業のノウハウもないため、何を話して良いかもよく分からず速攻で断られる毎日。当然ながら契約できる気配は全くありません。

一緒に働いている同僚は毎週、何件か手応えのある反響を取っていたようでしたが、当時の私は他人に興味がなかったので、詳しくは覚えていません。

そんなある日、まったく契約が取れない私に先輩がこうアドバイスしたのです。

「なんで契約取れないの?モデムが壊れてますとか、適当に嘘ついて、家に上がらせてもらえばいいんだよ!」

その時は「はい」とか適当に返事をしていた私でしたが、家に帰る途中、だんだん怒りがこみ上げてきたのです。

人に嘘を付いてお金をもらう?ふざけるな!!

仕事というものに、特別なこだわりのなかった私でしたが、誠実でない方法で契約をしてお金をもらうようなことは絶対にしたくない!そういう絶対的な信念が私の中にはありました。

正直に・誠実に生きてダメなら、死んだ方がまし!

家に帰るころには、そう決心している自分がいました。そして、それを母親に率直に伝えました。

母親と口喧嘩してフリーターに

今でこそ、私が生きがいをもって仕事をしている姿に喜んでくれている母ですが、当時の私を親の視点から見てみると、本当に申し訳ないことばかりをしていたと思います。

大学受験で苦労をさせたくないと思って、大学の付属高に入学させたら一般受験を志願するし、大学に入ったら勉強せずに遊んでばかり。ようやく就職できたと思ったら1ヶ月で辞めると言い出す始末。そんな息子に、親の立場だったら「しっかり働きなさい」と言うのは当然です。

でも、当時の私にとって正直な生き方をして働けるのか、自分を偽ってお金をもらわないといけないのかは、死ぬか生きるかの問題でした。

「あんな仕事を続けるくらいなら、死んだ方がまし!」

そんな捨て台詞を吐いて、自分の部屋に引き篭もった私は、大学を卒業するまで続けていた居酒屋のアルバイトを継続しながら、自分が今まで「曖昧にしてきたこと」をはっきりさせることを決意したのです。それが何かというと。

「生きる意味」を探究する日々

私はいろいろ考えた結果、やはり就職先を適当には決められないという結論にいたりました。まず、自分が人生を通してどんな生き方をしたいのか?自分が生きる意味は何なのか、目的を明確にしないと自分が進むべき仕事の道というのも分からないと思ったからです。「生き方」と「仕事」をリンクさせたかったのです。

もしも、生きる意味を探究した結果、何も分からなかったら、この無意味な人生を自分で終わらせてやろうという気持ちすらありました。

居酒屋でバイトをしながら、「生きる意味」を探究する毎日。自分には答えを導き出す才能がないのは分かっていたので、まずは過去に「生きる意味」の問題に直面した賢者たちがどのような答えを導いてきたのかを調べることにしたのです。

哲学、心理学、宗教、精神世界、いろんな本を読みあさり塾考すること半年あまり。ある日、こんな考えが頭を過ぎるようになったのです。

自分は生きているんじゃなくて、
何かに「生かされている」んだ。

たとえるなら、「家電」のようなもの。お家にある家電はそれぞれ役割を持って動いているけれど、その動力源は同じところから送られてくる電気。電気がなければ動くことができない。それにも関わらず、まるで自分自身の力で動いているように錯覚をしているのではないでだろうか?

自分は「個」のように振る舞っているけれど、この意識、生命の源はそもそもみんな同じ1つのところから来ている。だから、自分がこの人生でやるべきことというのはたった一つ「人のため」に何か貢献することなんだと、そのとき腹の底から実感したのです。

NGOで働きたい!と思いボランティアで現実を知る

人のために働ける仕事って何だろう?そう思った私の頭に思い浮かんだ選択肢は「NGOで働く」というものでした。

そして、いろいろ調べていくに、都内にあるNPOで途上国のためのボランティアができる場所があるという情報を知り、そこへ応募することにしました。代表が国際的に有名な団体で活躍したことのある人だったので、いろいろお話も聞けると思ったからです。

メールで面接の日時を決め、カフェでお会いしてお話をすることになりました。当日、彼にお会いすると、彼は私にこう言ったのです。


これは、あなたがどうだとか言うわけではなくて、統計的にそうだという話なんだけど。NGOの多くは1年間の契約社員で雇用するケースがほとんど。

だから毎年、仕事があるかどうかも分からない不安定な職業だし、収入も多くはない。つまり、自分自身の生活も大変だから、そういう状況で「人のために」ということを思える人はそう多くはいないもの。

特に男性は結婚すると家族を支えるために稼がないといけないから、続けられなくなってしまうことがほとんどで、本当に継続的にやっている人は、仕事は別でやっていて、その傍らでボランティアなどをしているケースが多いんです。


これを聞いた私は、NGOで働くことは現実的ではないとすぐに感じ、その代わりに、時間や場所に捉われない形の仕事を自分で確率した上で、別の形で人の役に立てることをしようと思うようになったのです。

アフィリエイト塾へ入るも鳴かず飛ばず

ネットビジネスについていろいろ調べた私はアフィリエイトというものがあることを知り、一大決心をしてとある塾へ入塾することにしました。

今でこそ、自分の精神的な未熟さが原因だったことが分かりますが、当時の私は「ここで稼げるようにしてもらおう」といった甘い気持ちで入塾していたため、ほとんど結果を残すことができませんでした。

良くて月に2万円くらいの報酬は得られたものの、一旦アフィリエイトを辞めて、しっかりとリアルな社会で仕事をしてビジネスを学びたいという気持ちが強くなっていきました。

ベンチャー企業へ入社|再び営業職へ

アフィリエイト塾で、ふわふわビジネスを学んだくらいでビジネスを知ったつもりになっても仕方がない。そう思った私は、「現場に出てみよう」と思うようになります。

当時、ネットカフェでバイトをしながら勉強していたのですが、だんだんバイトの時間が無駄に思えてくるようになり、どうせなら学べる環境に身をおきながら働きたいと思うようになりました。

そんなときにたまたま見かけたのがITのベンチャー企業が大阪から東京に進出したのでオープニングスタッフとして働きませんか?という求人でした。職種は以前、挫折をした営業職でしたが、ホームページの制作会社だし、苦手だった営業を克服できる機会だと思った私は、早速、求人に申し込み、さくっと就職が決まってしまいました。

ブラック企業で地獄を見る

最初は、新しい会社で働ける喜びでいっぱいでしたが、1ヶ月も経つと、毎日300件近いテレアポと、仕事終わりの社長のネチネチとした説教、そして、毎日みんなで夕食を食べに行くというルーティングが段々と辛くなりました。

私にとって一番辛かったのは、テレアポでもなく、社長の説教でもなく、仕事終わりの一緒の食事です。なぜなら、内向的な私にとって1人でいる時間こそが、1日の精神的な疲労を回復するために必要な時間だったからです。その時間を奪われてしまうと、私は自分が何のために働いているのか分からなくなってしまうのです。

毎日、帰りの電車に乗るのは23時過ぎ、社長の同じ話を毎日聞いて、家に帰って寝てすぐ起きるとまたテレアポという毎日。

仕事が辛いときに人が辞める理由は、仕事そのものではなく社長の人柄にあると私は思っています。残念なことに社長は人から尊敬されるような人間ではありませんでした。辛い時、それでも、この人のために働こうと従業員が思えるようなリーダーシップとカリスマ性を彼は持っていなかったのです。

だから、1ヶ月もすると毎日のように、同僚が連絡なしに姿を消していきました。1人、また1人と毎日いなくなるので、人がいなくなっても、誰も驚かなくなりました。でも、社長はいつもやめた従業員をボロクソに悪く言って他人のせいにするだけでした。

あの時の怒り再び「お客さんを裏切れと!?」

人が次々に辞めていくと、従業員の指揮も下がります。テレアポの成約率も落ちます。社長はケチな性格だったので、受注したホームページの制作案件を超安値でランサーズなどへ外注させます。安値なだけでなく、いろんな注文をつけるので9割の確率で外注先に逃げられます。だから、契約した案件が一向に進みません。

そこで、私は期日の迫った案件を自分自身でこなすようになりました。手探りでマークアップを覚え、コーディングを覚え、Photoshopの使い方を覚えてデザインも自らやるようになりました。午前中、テレアポをして、午後に打ち合わせ、仕事が終わったあと、自分が契約した案件を自分で片付ける。そうしないと、契約した案件が進まない、永遠に抜け出せない地獄のような日々でした。

そんなある日の朝礼で社長がこんなことを言いました。


「とりあえず、契約済のお客さんは放っておきましょう。お金をもっと入金しないといけないから今日から1日テレアポです。既存のお客さんから電話が来たら居留守を使ってください」


冒頭でお話しましたが、私は内向的で営業が下手な人間です。それでも、こんな人間を信頼して、契約書にサインをしてくれたお客さんが何社がいました。だから、お客さんの信頼を裏切ることは自分にとって何より耐えがたいことでした。だから、社長のテレア指示は自分には受け入れることができませんでした。

仕事が終わってから案件を進めよう

そう思った私は仕事が終わった後も、休みの日も自分を信じてくれた人のために案件を進めて行きました。もうこの時点で、自分が何のためにここに就職したのかすらよく分からなくなっていました。

「あぁ、もういいや・・・」

IT企業に就職して、半年を迎えようとした日、私は社長に辞職を願い出ました。この会社が東京で事業を始めて、バックレることなく正式な形で辞めたのは私が始めてです。

辞めるということが確定してからの社長のあたりは酷かったです。人格を否定するような罵詈雑言を良く浴びせかけられました。でも、不思議なことに私の心は全く傷つきませんでした。

こんなに罵られているのに何とも思わないなんて不思議だな

理由は簡単です。私自身が、社長のことを何とも思っていなかったからです。まったく尊敬していない人から何を言われようと、人は何も感じないものだと、このとき初めて知ったのです。この人のことどうでもいいや、そう思っていたのです。それよりも、自分が辞めたあとのお客さんのことが心配でした。

バイト面接した会社でフリーランスの契約が成立

ブラック企業で大変な思いをした私は、一旦フリーターに戻って心を休めたいと思い、アルバイトの面接を受けることにしました。地元の会社で気軽にバイト出来たら良いな、そんな気持ちで面接に向かった先の出来事です。

私がweb制作の会社に勤めていた経歴を見たそこの社長が、面接中に私のところへやってきて、ぜひうちの会社のホームページを任せたいと申し出てくれたのです。私がwebクリエイターとして初めて契約したクライアントがこの会社です。

私は営業活動なしに、バイトの面接をするつもりで行った会社でフリーランスの契約が取れてしまったのです。あのブラック企業で外注先に逃げられ、独学で学んだweb制作のスキルがここで活かされる形になったのです。

過去のお客さんへお詫びに行ったら新しい仕事に繋がった

新しい仕事をして半年が経ったある日、前職で働いている元同僚から、会社が撤退するという話が入ってきました。ようやくあのブラック企業が淘汰されるときが来たのかと思うと同時に

自分が契約しているお客さんはどうなっているんだろう?

と思い、思い切って連絡を取ってみることにしました。連絡を取ってお詫びすると、

「あなたには責任はないのに
わざわざ連絡してくるなんて、変わった人ね」

と言って現状を話してもらいました。あの時からほとんど案件が進んでいないことを知った私は、無償で契約した内容を終わらせる約束をして、2つの会社の案件を無事に終わらすことができました。その後、その2つの会社は継続して仕事を依頼してくれるようになり、フリーランスとしての新たな仕事獲得へとつながったのです。

Q&A

いわゆるwebの仕事ってとても広いです。なので、私はwebの学校に通ったこともありませんし、IT企業にちゃんと勤めたこともないので、他の人たちがどんな働き方をしているのかはよく知りません。

ここでは、WEB関連の仕事をして7年の私の仕事をご紹介したいと思います。

クライアントは何社?

現在、クライアント数は3〜6社くらいです。メインで継続しているクライアントが3社で、それ以外が3社といったところです。1社に対してそれなりにコミットメントすると、関われる会社数は3社くらいが妥当になると思います。

ぶっちゃけ収入はどのくらい?

そこまですごい収入ではないですが、一般のサラリーマンの倍以上は収入あります。フリーランスとして開業して7年目ですが、ありがたいことにずっと右肩上がりでやっていけました。

仕事はどこでしているの?

基本は自宅でテレワークです。週に2回ほどクライアント先に行くことがあります。その他にも打ち合わせをZOOMでやったり、直接、会社に行くこともありますし、クライアント先の定期的な社内会議には参加させていただくようにしています。その際に、いろいろ報告とか提案をしています。

クライアント先とはどんな契約になっているの?

ざっくり言うとweb関連のサポートみたいな契約です。月額固定の会社と、年俸制の会社などがありますが、基本は固定の報酬額があるので収入は安定しています。その他、発生した案件に対しては別で報酬をいただく場合もあります。

具体的にどんな仕事をしているの?

ホームページの制作はもちろんですが、その管理や更新、それから社内のIT化などもお手伝いしています。というのも中小企業の場合、集客の改善をしようとしたときに、そもそも参照すべきデータが少ないということがよくあります。

ホームページを改善したいのだけど、どのように改善すべきかという根拠、例えば、顧客に関する統計データなどが管理できていないのです。これだと改善しても根拠が分からなくなってしまうので、最初にデータ管理をしっかりしてもらいます。

でも、今まで管理ができていない会社なので、ただ管理してくださいという話をしても負担が増えてしまうことになりますし、結局、時間が経つとできなくなってしまうケースも考えられます。そこで、社内のIT化を進めることで管理を半自動化して負担軽減を測ります。

「集客」ひとつとってもいろんなことが関係してくるので、足りないパーツを補うために仕事が多岐にわたる場合もあります。そのため、仕事をリストにするとこんな形になります。

  • ホームページ制作のディレクション
  • 動画の企画・制作
  • 競合リサーチ
  • 目標達成のための戦略立案
  • ホームページのコンテンツなどの企画立案
  • 社内のデジタル化・効率化へのアドバイス
  • 新しいプロジェクトのサポート
  • 自社ブランディングのサポート
  • 会社に適したwebツールのリサーチ・提案
  • 社内のweb担当者へのアドバイス・指導
  • web広告の運用
  • 人事サポート

その他にも社長からのいろんな相談に対して、第三者の視点からの意見を言わせていただいたり、提案をさせていただいたりしています。

クライアントはどうやって増やしたの?

基本は人脈、紹介がメインです。web集客の仕事をしているのにも関わらず、私自身の仕事をweb集客したことはほとんどありません。フリーランスの場合、人脈で仕事をもらえた方が効率が良いと思います。

この仕事のメリットとデメリットは何?

私は新しいことを学ぶのが好きなタイプなので、常にいろんなことにチャレンジできるのがこの仕事のメリットだと思います。デメリットは、フリーランスなので仕事とプライベートの区別が曖昧で、自分で意識して休みを作らないとついつい仕事をしてしまい家族に不満を言われることでしょうか・笑

どのように働くかはあなた次第!

フリーランスのwebクリエイターの仕事、なんとなく分かっていただけましたでしょうか?この仕事は自分の強み・好きなことにフォーカスをすることで、自分独自の働き方ができる理想的な職種だと思います。

このホームページでは、過去に私が知りたかったけれど誰からも教えてもらうことができなかったwebクリエイターとして働く上で大切なことをまとめています。もし、私と同じような働き方をしてみたいと言う方がいらっしゃいましたら、ぜひこのサイトの記事をいろいろチェックしてみてください。